早くも堕ちた、若禿げの鬱日記

22歳にして人生堕ちました。 ここはそんな禿げの、毎日の鬱っぷりを晒して行く場所です。

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じぶんは家庭狂信バイトをしている。
最近、受験者の立場に再び立つことで、教えている生徒たちの気持ちが分かった。
今更遅いけども。

やはり、コツなどをつかむものであると。
自分が受験する立場になったとして、分からない問題我出るとすれば、やはり、自分の知っている知識で、なるべく選択肢を絞り、それからは、微かな、便りの無い、あいまいな知識をよりどころにして、勘で答えることになる。
私の教えていた方法は、そんなことはお構いなしに、時間がたっぷりあって初めて意味があるものだった。それでは試験では点数に結びつかない。本番で知識をどれだけアウトプットできるか、吐き出せるかである。基礎力があっても時間が無くてその力を出し切れないのでは受験では勝てないのだろう。点数は理解さえすれば取れるモノではないのだ。

あるいは傾向や対策をつかむこと。
過去問は傾向や対策を感じ取ることが第一の目的である、。それが解ける解けないも確かに大事ではあるが。やはりどのような問題が出ていて、どのような問題は出ていないか。それが大事なのだろう。

私はこういうことをこれまでないがしろにしてきた。自分が受験の時も、この理由で苦労したのだろうと、今更ながら思う。自分が生徒の立場だったら、自分の教え方は受けたくないなぁと。

しかし生徒たちは、自分たちでどこが出るのかを、考えて勉強しているようだった。自分なんかよりずっと賢いなと感じた。私の教え方を不味いと感じ、どうしたら最善かを自主的に探して行動したからだ。その様子を見ながら、本来は自分がしてやらないといけないことなのだと、非常に申し訳ない気持ちになった。
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  1. 2008/01/29(火) 21:28:50|
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